墓参り、法事以外のエピソード
16
8月
母方の実家のある八戸では、以前よく行っていた銭湯と駄菓子屋は無くなっていましたが、文房具屋さんは残っていました。ちなみにその文房具屋さんのおかみさんは母の実家のかつての商売(今はおそらくその仕事はありません)を知っていました。
小学5年生まで住んでいた盛岡には再会したい人が4人いました。まず担任だった『フヨ先生』、同じクラスで一緒にラグビースクールに入っていた『横君』、同じクラスで近くに住んでいた『佐君』、学校は違うけれどラグビースクールで一番うまかった『鹿君』。法事の後、横君の家があるであろう町に行き、昭和58年に彼からもらった年賀状をたよりに住所をたどると彼の家を見つける事ができました。そして昭和56年以来、37年ぶりの再会を果たすことができました。突然の訪問だったため名刺交換だけをしてすぐに失礼しましたが、なんと彼は都内で仕事をしていてちょうど帰省中との事でした。(もし1日早く訪ねていれば会えなかったそうです)近いうちに都内での再会を約束しました。
横君との再会に気を良くした私は、昭和52年の(転校直後の正月にもらった)年賀状に書かれた住所をたよりにフヨ先生を訪ねる事にしました。当時と同じ住所にフヨ先生の自宅をみつけましたが、フヨ先生は約10年前に80歳位でお亡くなりになっていました。お孫さん(都内で働いていて帰省中)のはからいでお線香をあげさせていただきました。ちなみに、佐君、鹿君の家は、私が知っている住所には無く、お会いすることはできませんでした。
今回の帰郷で、親戚、いとことの再会も嬉しかったのですが、横君との再会にはとても感激しました。帰省中に関わった全ての方々に感謝し、お礼を申し上げます。
2018年08月16日
心、洗われました
15
8月
昨晩、八戸、盛岡から帰ってきました。盛岡は6年振り、八戸は37年振りでした。
八戸では母方の先祖の墓参りをさせてもらい、盛岡では父方の法事が行なわれました。いとこ、親戚の人達と再会することができ、『この人達のおかげで今の自分があり、いつも支えられている』という事を、あらためて気付かせてくれました。
八戸で1泊、盛岡で2泊の『里帰り』でしたが、本当にいい時間を過ごすことができました。『より襟を正していかなければ』と思いました。
2018年08月15日
編集部員になりました
10
8月
一昨日船橋で、所属する税理士の会の役員選任の会議が行なわれました。その席で私をその会に誘ってくださったK先輩が全会一致でめでたく『千葉会・会長』に就任されました。
K先輩は、ITと税務会計にめっぽう強く、社交的で仲間思いの素晴らしい先輩です。私は足元にも及びませんが、同世代ですので会の発展には協力させていただきたいと思っています。
ちなみに私は今まで通り総務部と全国理事を兼任するほか、月に1度中野の本部に行って月刊誌の編集のお手伝いをさせていただくことになりました。早速お盆明けに編集会議があります。楽しみな反面、私に務まるか少し心配です。
2018年08月10日
アマチュアの採点基準について
07
8月
岐阜で行われている、ボクシングのインターハイですが、出場している私の仲間・東京都代表のS君は準々決勝で敗れました。
一昨日、S君のお母様の『ママ友』が経営する会社(ウチの顧問先様です)で打ち合わせをしていると、岐阜在住のボクシング仲間からメールで結果が送信されてきました。決勝までは行けると思っていたので、S君の結果は残念でしたが、会場内外での騒動や判定をめぐってのトラブルもなく大会は円滑に行なわれていたということでとりあえず安心しました。
私が高校3年生の頃、ヨネクラジムの(同じ年の)仲間が、ボクシングの名門校のキャプテンから2度のダウンを奪って判定で敗れた事がありました。(その試合に関しては、ダウンは奪ったものの、有効打は相手の方が多かったので、『ダウンも一発の有効打』とするアマチュアのその判定は妥当でした)テレビで、不正判定の象徴みたいに奈良の選手と岩手の選手の映像が流れるたびに当時の事を思い出します。
(プロよりも)大きいグローブで闘い、時にはヘッドギアを着用するアマチュアの方がプロよりもダウンを奪う事が難しいと考えます。アマチュアの採点基準もプロのように『ダウンは2ポイント与える』というようにすれば『採点問題』はかなり解消されると思うのですが。いずれにしても世界的にプロとアマチュアの採点基準が異なるところにも問題があると思います。
2018年08月07日
吉田先生、どうか安らかに
05
8月
先日、地元の元国会議員で元農林水産副大臣・吉田公一先生がお亡くなりになり、昨日の告別式で手を合わさせていただきました。
吉田先生は、代表が地元で道場を開いた直後から、年に3回行われる大会には必ず出席され、開会式では選手の皆さんに激励のお言葉をいただきました。(それらの大会で司会をさせていただいている)私の事を『先生』と呼んでくださり、お帰りになるときは「先生、お先に」とか「先生、またね」と必ずお声かけをしてくださいました。また、地元の料理屋で偶然お会いした時なども、「よおー、先生」と気さくに接してくださいました。
特に吉田先生のお言葉で印象に残っていることは、「私は経営者の人から、『いい従業員がほしいのですが、誰かいませんか』という相談を受ける事がよくありますが、『優秀な人を』と言われることはありません。『何かスポーツをやっていた人を』と言われます」という、いかに『文武両道』が大切であるかというお言葉でした。吉田公一先生のご冥福を心よりお祈りいたします。
2018年08月05日