母方の実家のある八戸では、以前よく行っていた銭湯と駄菓子屋は無くなっていましたが、文房具屋さんは残っていました。ちなみにその文房具屋さんのおかみさんは母の実家のかつての商売(今はおそらくその仕事はありません)を知っていました。
小学5年生まで住んでいた盛岡には再会したい人が4人いました。まず担任だった『フヨ先生』、同じクラスで一緒にラグビースクールに入っていた『横君』、同じクラスで近くに住んでいた『佐君』、学校は違うけれどラグビースクールで一番うまかった『鹿君』。法事の後、横君の家があるであろう町に行き、昭和58年に彼からもらった年賀状をたよりに住所をたどると彼の家を見つける事ができました。そして昭和56年以来、37年ぶりの再会を果たすことができました。突然の訪問だったため名刺交換だけをしてすぐに失礼しましたが、なんと彼は都内で仕事をしていてちょうど帰省中との事でした。(もし1日早く訪ねていれば会えなかったそうです)近いうちに都内での再会を約束しました。
横君との再会に気を良くした私は、昭和52年の(転校直後の正月にもらった)年賀状に書かれた住所をたよりにフヨ先生を訪ねる事にしました。当時と同じ住所にフヨ先生の自宅をみつけましたが、フヨ先生は約10年前に80歳位でお亡くなりになっていました。お孫さん(都内で働いていて帰省中)のはからいでお線香をあげさせていただきました。ちなみに、佐君、鹿君の家は、私が知っている住所には無く、お会いすることはできませんでした。
今回の帰郷で、親戚、いとことの再会も嬉しかったのですが、横君との再会にはとても感激しました。帰省中に関わった全ての方々に感謝し、お礼を申し上げます。
2018年08月16日
