先週は慌ただしく過ごしていました

26 9月

先週は、金曜日まで決算や顧問先の税務相談などの仕事で慌ただしく、土曜日の夕方以降はボクシング観戦のハシゴで慌ただしくしていました。

一昨日の土曜日は、つくばの興行で顧問先のジムに所属しているデビュー選手の試合を応援した後、すぐにつくばエクスプレスに乗って東京に戻り、後楽園ホールで日本チャンピオンの知人の防衛戦を応援しました。

幸い二人ともKO勝ちしてくれたおかげで移動の疲れも吹っ飛び、その日深夜まで行われたチャンピオンの祝勝会まで参加させていただきました。ちなみに、祝勝会の私の席の右隣が現在のボクシング協会のW会長(チャンピオンの所属ジムの会長でもあります)で、左隣が5戦5勝の女子ボクサー(元ミス府中)でした。いろいろな話ができて本当に楽しい時間でした。

余談ですが、来月W会長のジムの選手と私の顧問先のジムの選手が日本タイトルを賭けて闘います。

祝!真打昇進!!

20 9月

昨日、上野広小路亭で講談師・神田紅葉さんの真打昇進記念興行があり、共通の友人のMさんと一緒に行ってきました。昨日は天候が悪いにもかかわらず、紅葉さんの人柄もあり座席は超満員。ほかのフロアに設けられたモニターの前や階段も人で溢れかえっていました。

紅葉さんとMさんと私は、今から25年前の平成3年に池袋の簿記学校で知り合いました。それ以来年に数回お会いして食事をしたり、15年前に神田紅さんに弟子入りした紅葉さんの講談を聞きに行ったり、親しくしていただきました。その紅葉さんがついに『真打』になった訳です。

紅葉さんはお身体が万全ではないとのことですので、今後は無理のない範囲で活躍していただき、我々ファンを楽しませてほしいと思います。「紅葉さん、いつもありがとうございます。そしてこのたびは本当におめでとうございます。」

まさに死闘でした

17 9月

昨日、大阪で行われたダブル世界タイトルマッチ。山中選手はTKO勝ちで11度目の防衛を果たし、長谷川選手はTKO勝ちで3階級制覇を達成しました。

山中選手も長谷川選手も『勝つこと』だけを考えれば、もっと楽な戦い方をして勝利することもできたと思いますが、自ら危険な打ち合いを挑んでいった勇気には、心から拍手をおくりたいと思います。まさに『これこそがボクシング』というような試合展開で、全てのボクサーの見本になるような素晴らしい勝利でした。

運動不足が気になっていても、なかなか身体を動かすことができないでいた私も、さすがに昨日のような試合を観ると『自分も頑張らないと』という気になり、今日は約35年前からボクシングを教えてくださっている元世界チャンピオンA会長のジムで、3ヶ月ぶりに汗を流してきました。

卓也、栄冠!

15 9月

昨日、私の友達である渡辺卓也がタイの強豪をTKOで破り、WBOアジアパシフィックスーパーフェザー級チャンピオンになりました。

第2ラウンドに相手のいいパンチを浴びて一瞬ヒヤリとしたものの、左のジャブと左ボデイブロー、右ストレートを有効に打ち込み、ほぼ一方的な展開でレフェリーストップとなりました。これで世界ランキング入りは確実。ベルトを巻いてリング上でインタビューを受ける卓也は輝いていました。いつも通り試合の傷が癒えた頃、卓也の好きなハンバーグ屋で一緒に食事をしたいと思っています。

そんな訳で、昨日は『笑顔』で後楽園ホールを出ましたが、一昨日は応援している水戸と郡山の選手が揃ってTKO負けを喫し、二人とも連敗を脱出できず、悔しい思いで後楽園ホールを出ました。これからも『笑顔』で後楽園ホールを出れる日ばかりではないと思いますが、世界を目指す卓也の応援はもちろんのこと、どんなに戦績が悪くても縁があって知り合ったボクサー達の事は、試合を続ける限り応援していくつもりです。

赤ヘルの思い出

12 9月

先日、広島カープが25年ぶりの優勝を決めて、大変盛り上がっていますが、前回の優勝のはるか前、私が10歳の頃(約40年前)にも赤ヘルブームがありました。

当時、盛岡の小学4年生だった私は、カープのバッターがかぶる赤ヘルがどうしても欲しくなり、同じ盛岡市内に住む叔母に頼み、叔母が集めていた『ブルーチップ』(スーパーなどで買い物をすると、金額に応じて切手を小さくしたようなシールがもらえ、そのシールがたまれば景品と交換ができました。今でいう『ポイント』みたいなものです。)を赤ヘル(軟式野球用)と交換してもらった事を思い出しました。

ブルーチップで交換した赤ヘルをプレゼントしてくれた叔母は、今は仙台で暮らしています。最後に会ってから約6年が経ちますが、次に会った時はこの話をしてあげたいと思っています。

 

プロフィール

吉嶋丈人 吉嶋税務会計事務所
所長プロフィール

元ヨネクラボクシングジム4回戦ボーイ。20歳で専門学校卒業、22歳の時、横浜でラーメン店をオープンさせる。その時出会った税理士にあこがれ、24歳になる直前に店を他人に譲り、簿記の勉強を始める。その後20余年の勉強と15年以上の実務を経験。20代の頃は(当時最強といわれた)ヒクソン・グレイシーに挑戦した日本人選手のスパーリングパートナーを務めた経験あり。 現在は本業の合間にボクシングトレーナーの修行中。

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